乗車中の列車が人身事故を起こしてしまう悲劇。絶対に起きてはいけないことですが、毎日電車に乗っていれば、いつかは巻き込まれるかもしれません。周辺路線が運転見合わせになることで、各駅では「予定に遅れる」被害が多発し憤りにあふれますが、当該車両の中の人は違った感情を抱いていることも。どういう流れで運転再開に向かうのか、どれくらいの間、何を覚悟しなければならないのか。もし待っている間に具合が悪くなったら…一例としてご紹介します。
平穏な日常を突然切り裂く一報
穏やかな週末の始まり
「ご乗車ありがとうございます。特急ときわ80号、品川行きです。次は柏に停車いたします」
ある金曜日の夜。品川に向かっていた特急ときわ号の車内。
「特急券お持ちではないでしょうか?1,020円になります」
あらっ、もったいない。買っておけば760円で済んだのに。JRE POINTなら460ポイントで済んだのに。
そんな他愛もないことを考えながら揺られます。
常磐線の特徴として、金曜日夕方の上り特急列車は、出張帰りの人に加え、これから旅行に向かうグループや、単身赴任の一週間を終えて家族のもとに帰るお父さんなど、多様な乗客を乗せて走っています。
乗車の目的は違うかもしれませんが、多くの人に言えるのは、これからワクワクな楽しい週末が訪れますね、ということ。
一週間お疲れさまでした。
自分もお疲れさまでした。
…。
~~zzz…
事故の発生
「急停車します。ご注意ください。」
ひたち野うしく駅のホームを横目に、最強の減速。
ホームを外れても停まり切れず、急ブレーキ特有の大きな衝撃とともに停車。
直感でなんか嫌な予感がする。
いつもの急停車とは、何か様子が違う。
その特異な雰囲気を感じ取り、異常なほどに心拍数が上がったことを鮮明に覚えています。
柏で待ち合わせをしていた人とのLINEを振り返っても、何の情報もない時点で「遅れます」「この電車っぽい」「放送がない」と3連投しています。
…。
…。
…なんだこの沈黙は。
いつもの決めゼリフを言ってくれ。
「踏切の安全確認のため」とか
「危険を知らせる信号を受信したため」とか、
いつものやつを言ってくれ。
……
そして、震えそうな、泣きそうな、一生懸命に絞り出すような声でアナウンスが流れました。
「お客様にお知らせします」
「当列車で人身事故が発生しま..」
「今から確認を行います」
発生直後のようす
当該車両内は静寂
事故が発生したと知った直後、車内には一瞬のどよめきが響き渡りました。
そしてすぐに静かになり、何かを諦めたかのような空気が漂います。
特急であればトップスピードで通過するひたち野うしく駅での事故。
残念ながら、結果は薄々とわかっていました。
同乗していた私は、人を撥ねてしまった当該列車の質量エネルギーに自分の体重も加わっていたことを責め始めます。
自分が乗っていなかったら助かっていたかもしれない。
そんなのあり得ないし、私は何も悪くないのに、不思議とそう思うようになります。
この時点で、JR東日本アプリ上には「人身事故発生」の情報が反映されますが、まだ運転再開見込み時刻は表示されておりません。
人身事故の場合、運転再開まで少なくとも60分。平均で80分。長いと2時間くらいかかる、という覚悟を持っておくといい。
そんな情報も目にしながら、長期戦を覚悟します。
当該車両はその場で待機
人身事故が起きた場合、当該ではない周辺の列車は、現場から至近でない限りは近くの駅まで運転を継続し、駅で運転を見合わせます。
しかし、当該列車は1mmも動くことはできませんので、その場で停まり続けることになります。
ひたすら時間だけが流れます。
編成がホームにかかっていれば一部車両のドアが開放されることもありますが、基本的には缶詰め状態に。
または、缶詰め状態になる覚悟が必要なのかなと思います。
救急隊や係員の到着
負傷者の救出作業
人身事故が起きた場合、負傷された方の救助が真っ先に行われます。
たとえ見込みがなくても、生存者として最大限の救助を行います。
救急隊が到着し、懸命な救助作業が行われます。
乗客の体調確認
負傷者の救出作業が忙しい中、車内に缶詰めにされている乗客にも気を配ってくれます。
「体調を崩された方はいらっしゃいませんか?」
「ご気分を悪くされた方がいらっしゃればお申し出ください!」
早足で車内を2往復されていました。
もし体調を崩されている場合は、ここで申し出ることもできます。
電車は既に止まっていますから、申し出ても再開までの所要時間はさほど変わらないでしょう。
無理をせずに助けを求めることも大切です。
車両の安全確認
車両だって、決して無視はできない衝撃を受けています。
複数の係員さんが車両の左右から車体下を懐中電灯で照らしながら歩きます。
この後の運行区間を安全に走ることができるのか、車体の点検を行っているのです。
そして、この頃になるとJR東日本アプリ上に運転再開見込み時刻が表示されます。
今回の事故では、運転再開まで(事故発生から)60分の表示になりました。
ただし、これを鵜吞みにしてはいけないことを後で知ることになります。
警察の到着
救出作業中、または救出作業後に、警察による現場検証が行われます。
この現場検証では、乗務員からの聞き取り調査や、防犯カメラの確認、車載カメラの確認が行われます。
警察官の方も、車内を2~3往復し、せわしなく作業を進めています。
その間も付き添いの係員さんは「ご迷惑をおかけしております」と叫びながら移動。
なお、この頃には救出作業は完了しており、最終の安全確認をしていると案内が入ります。
しかし、「車載カメラの確認に時間がかかっている」と放送が入り、また時間が伸びてしまいます。
そのタイミングでJR東日本アプリの情報を見てみると、運転再開見込み時刻が後ろ倒しになっています。
こういうのが”駅で待っている人の逆鱗”に触れてしまうのかもしれないなぁと思いながら、ひたすら待ちます。
乗客同士の助け合いも
当該列車では、座席の8割程度が埋まる状況でした。
常磐線の特急列車は全車指定席で、各々が指定された座席に座っています。
たまたま私の隣の席が空いていたので「お荷物置かれますか?」などとお声がけし、他人同士2列で座っている方に少しでも広く使っていただけないかと考えたりしていました。
少しでもこんな雰囲気を作れたらいいなと思いながら。
他にも、会話の内容からスマホの充電が切れそうな様子を知り、ケーブルを貸し合ったり、ということもあったようです。
そうこうしているうちに、事故の処理は最終段階へと進んでいきます。
運転再開へ
負傷者の救出、車両の安全確認、現場検証が済むと、ついに運転再開となります。
当該列車の遅れは約95分に拡大していましたので、結果として当初の運転再開見込み時刻からさらに30分以上ずれ込んだことになります。
何も知らずに駅で待っていると「なんで後ろ倒しになるんだよ」「読みが甘いんじゃないか」と憤慨することもあるかもしれません。
しかし、人身事故が起きると”どければいい”だけではありません。
他にもいろいろやるべきことがあって、
負傷者の救出、事件性の判断、車両の安全確認…いずれかにおいて、少しでも懸念点があれば徹底的に作業をし、調査をし、万全な体制に立て直さなければなりません。
それは鉄道会社だけがコントロールできるものではない。
その場に居合わせてしまったからこそ、そのことを肌身を感じて知ることになりました。
一連の騒動を受けて
次の日の電車の中で、当該事故のニュースを見ることになります。
亡くなったのはまだまだ若い学生さんでした。
人身事故のニュースが流れるたび、ネットニュースのコメント欄には誹謗で溢れますし、それは個々の予定があってのことですから仕方がないとは思います。
ただ、実際にそこに居合わせると、何もできやしないけど、何とかならなかったものかと、その想いが強くなります。
人身事故の一報が入らない日の方が少ないように見受けられますが、将来に向かって少しずつでも辛い思いをしている人の状況が改善しますようにと、願ってやみません。
2024年が少しでも明るい世の中になりますように。
他人を叩くのではなく、自分ができることを考えて始めてみましょう。
ではまた。