なぜ信越本線はあちこちで走っているのか?路線が3つに分かれた背景を解説。

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鉄道

信越本線は、群馬県の高崎駅と新潟県の新潟駅を長野県の長野駅経由で結ぶJR東日本の幹線でした。しかし、北陸新幹線の開業により、一部区間の廃止を伴う第三セクター化が実施され、今では(1)高崎ー横川間、(2)篠ノ井ー長野間、(3)直江津ー新潟間に分かれてしまっています。こうなってしまった歴史的な背景をご説明します。

鉄オタ向けアナウンス
当サイトはマニア向けではなく、一般向けに作っておりますので、路線の区間を説明する際もJRにおける旅客案内に従った表記をしています。例えば、上越線は高崎ー宮内間が正式な区間ですが、本記事では高崎ー長岡間として紹介しています。

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信越本線とは

信越本線は、高崎ー横川間、篠ノ井ー長野間、直江津ー新潟間を走るJR東日本の在来線です。

全長は181.5kmの路線。

篠ノ井ー長野間や直江津ー新潟間は特急列車も運行されています。

髙﨑ー横川間は特急列車の運行はないものの、頻繁に蒸気機関車が走るなど、観光路線としても活躍しています。

青海川駅付近の信越本線

信越本線のざっくり歴史

関東と日本海側の間には三国山脈が高く立ちはだかり、今のようにまっすぐ進むことは出来ませんでした。そのため、線路は大きく迂回をしなければなりませんでした。

そんな状況で開通したのが信越本線。その歴史は古く、原形ができたのは1893年のことでした。

もともとの信越本線

横川ー軽井沢間の急勾配「碓氷峠」が難所として知られ、同線最後の開通区間となりましたが、線路がつながったことで関東と日本海側の鉄道による交通の便が飛躍的に向上したことは間違いありません。

1930年代になり、難工事の末に上越線(髙﨑ー水上ー越後湯沢ー長岡)が開通。これにより新潟方面への輸送は上越線に譲ることになりましたが、それでも長野や直江津経由で北陸方面に抜けることができる信越本線の存在価値は十分高かったのです。

この後、1997年までは「信越本線は髙﨑ー新潟間」と答えればよかったのですが、紆余曲折あり、跡形もないほどに路線がぶつ切りにされることになります。

何でこんなことになってしまったのか、以下でご説明します。

新幹線の開業と並行在来線の取り扱い

まずは整備新幹線に関する法律について説明しなければなりません。

整備新幹線というのは下記の路線を指しています。

  • 北海道新幹線
  • 東北新幹線(盛岡以北)
  • 北陸新幹線
  • 九州新幹線

で、整備新幹線は何かというと、全国新幹線鉄道整備法という法律に基づいて日本政府が整備計画を決定した新幹線のことです。

最高時速が260km/hとなるような設備で建設することまで決められています。

今では経営はJRなのに、「新幹線作るぞ!」「こんな規格でよろしく」などと日本政府が一方的に決めたものですので、JRの経営上不利になることがあってはなりません。

そこで、新規に整備新幹線が開業する区間の並行在来線はJRから切り離してもいいし、切り離さなくてもいいという決まりができました。

新幹線がなければ在来線に特急列車を多数走らせることができますが、新幹線の開業によって並行在来線は普通列車のみの単なる閑散路線に格下げとなってしまうため、JRにとってお荷物となります。

そのため、JRから経営分離できることになっているんですね。

JRとしても収支が合わなくなる路線はこの機会にガンガン切り離したいですよね。って言ったら怒られるかもしれませんが、う~ん。表現が難しいですね。

まぁ、そんな感じ。

ぶつ切りの歴史「1997年」

ここで信越本線の話に戻ります。

1997年、あの奇跡の大ジャンプで有名な長野オリンピックに合わせて開業したのが北陸新幹線。当時は髙﨑ー長野間での区間開業で、長野新幹線との呼称が一般的でした。

これが整備新幹線第一号となったわけですが、並行在来線の扱いは複雑なものとなりました。

髙﨑ー横川間「JR存続」

まず、高崎ー横川間。この区間では途中に安中市などの都市を抱え、多くの利用を見込める区間と判断。引き続きJR東日本による営業が継続されることとなりました。

路線名も「信越本線」のままです。

横川ー軽井沢間「廃止」

一方、横川ー軽井沢間は厳しい判断が下されることに。

この区間は列車単独での運行が難しく、機関車を連結してアップダウンをするなど、運行上も難所となっていました。そのため、同区間は存続するだけの価値がないと判断され、廃線となりました。

跡地の一部は遊歩道になっていますが、軽井沢に鉄道で行くには新幹線を利用するしかありません。

ちなみに整備新幹線の開業により並行在来線が廃線となった事例は他にはありません

軽井沢ー篠ノ井間「移管」

軽井沢ー篠ノ井間は、第三セクター鉄道線に移行となり、生まれたのが「しなの鉄道」です。

整備新幹線開業による初めての第三セクター線となったしなの鉄道は、当初は難しいかじ取りを強いられましたが、今では観光用列車「ろくもん」や有料着席シート車両としても運行できる「SR1系」を運転するなど、健闘しています。

軽井沢ー長野間の移動で新幹線と戦えるだけの武器を着実にそろえている、そういうイメージを持っていただいて間違いないでしょう。

篠ノ井ー長野間「JR存続」

篠ノ井ー長野間は、引き続きJR東日本が「信越本線」として営業。

同区間は名古屋方面からの特急「しなの」が乗り入れるほか、松本ー長野間の利用も見込めることから、経営が継続されたと思われます。

長野は大都市ですよね。松本も大都市。名古屋も大都市。これらを結ぶ大動脈は簡単には手放したくないですよね。

ぶつ切りの歴史「2015年」

2015年には長野ー金沢間の整備新幹線が北陸新幹線として開業。これにより、信越本線のぶつ切りが再開されます。

長野ー直江津間「移管」

長野ー直江津駅間が第三セクター化されました。長野県側が「しなの鉄道」、新潟県側が「えちごトキめき鉄道」として再出発。

長野ー豊野間は飯山線の気動車も入線しますが、この程度ではJRとしての存続は難しく、飯山線が第三セクター線に乗り入れる形になりました。

2009年の飯山線(当時は長野駅以北もJR線でした)

沿線には北陸新幹線の東と西を分ける上越妙高駅があります。下の写真は上越妙高駅前のアパホテルから撮影したもの。E7系に目が行ってしまいますが、よく見ると旧信越本線の線路も見えますよ。

直江津ー新潟間「JR存続」

直江津ー新潟間は、並行する新幹線が存在しないため、引き続きJR東日本が「信越本線」として営業中。

日本海縦貫線の一部として、貨物列車も多く運行されています。

沿線には「青海川駅」などのポスターの名所もあります。

また、長岡ー新潟間は日本屈指の豪雪地帯を運行。大雪で列車が一晩立ち往生してしまったニュースも有名になりましたね。

この区間は上越新幹線と並行していますが、同線は整備新幹線ではないため、信越本線はそのまま運行が続けられています。

新幹線の並行在来線なのに特急が走る比較的珍しい区間でもありますよ。

特急しらゆきは第三セクター線にも乗り入れます

そのほかのぶつ切り路線

今回は信越本線について記載しましたが、日本全国に目を向けると、他にもぶつ切り路線は点在します。

例えば九州新幹線が開業した鹿児島本線。

鹿児島本線は八代ー川内間を「肥薩おれんじ鉄道」に移管しましたが、そのほかの区間は「鹿児島本線」としてJR九州が営業を続けています。

博多から鹿児島にたどり着けない鹿児島本線になってしまいましたが、路線名はそのまま残っています。

将来的には北海道新幹線が札幌開業した際、函館ー小樽間の函館本線がJR北海道を離れます。その結果、函館とは無縁な小樽ー旭川間が「函館本線」として残る見込み。

遠い将来に「なんで?」と思う子どもたちが増えるでしょうけど、これをきっかけに鉄道の歴史に少しでも興味を持っていただければいいのかなと思います。

まとめ

ぶつ切りにされた信越本線に着目し、以下の知見を得ました。

  • 信越本線は高崎ー新潟間を結ぶ路線だった
  • 北陸新幹線の開業により、並行在来線が経営分離された
  • 篠ノ井ー長野間は経営分離されなかった
  • その結果、3つに分かれて営業中

ではまた。

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