お花見シーズンやマラソン大会の季節になると各地に臨時の特急列車が走ります。中央線では「富士山マラソン号」が、常磐線では「水戸黄門漫遊マラソン号」や「勝田マラソン号」などが設定されます。水戸の梅まつりでは「水戸偕楽園号」も走ります。しかし、それらの名称はすべて( )でくくられ、「富士回遊92号(富士山マラソン号)」などと明記されています。なぜ堂々と大会名称を名乗れないのか?一方で「アクアラインマラソン号」はなぜ堂々と大会名を名乗ることができるのか。旅客営業規則125条をもとに、列車名にまつわる複雑な事情を解説します。出場される選手のみなさんは、そんなことを気にせずにがんばってください。
イベント開催に伴う臨時列車について
臨時列車の運行
各地で開催されるイベント。

その規模によっては多くの人が移動することになりますので、臨時列車が運行されることがあります。
特にマラソン大会が開催される場合、ほぼすべての大会が午前中の早い時間帯にスタートとなりますが、同時間帯に運行される定期列車は限られるうえ、参加者も数千人規模となりますので、臨時の特急列車が増発されることが多いです。
その際に、臨時特急列車には大会の名称を付けてあげる…
…とはいかない事情が見え隠れするのです。
常磐線・中央線・内房線の臨時列車名称を比較しよう
まずは何も考えずに、下記の常磐線臨時列車情報をご覧ください。
- ときわ35号(水戸黄門漫遊マラソン35号)
- ときわ37号(水戸黄門漫遊マラソン37号)
- ひたち92号(水戸偕楽園号)
次に、下記の中央線臨時列車情報をご覧ください。
- あずさ81号(かつぬまぶどうまつり号)
- あずさ81号(甲府・信玄公祭り号)
- 富士回遊89号(富士山マラソン号)
- 富士回遊92号(富士山マラソン号)
最後に、下記の内房線臨時列車情報をご覧ください。
- アクアラインマラソン1号
- アクアラインマラソン3号
- アクアラインマラソン2号
どうですか?
なんか、違和感を覚えませんか?
うまく言い表せない引っ掛かりを感じてこのページに来てくれた人が多いと思いますので、優しく解説しますね。
わざわざカッコで付記する臨時列車名
その引っ掛かりというのがこれだと思います。
・なぜ列車名の後ろに( )を付けて飾るのか?
・飾るくらいなら( )内の列車名称ではダメなのか?
という、常磐線や中央線の特急に対する疑問を持ったうえで
・なぜ内房線の特急はアクアラインマラソン号を名乗れるのか?
・さざなみ91号(アクアラインマラソン91号)にしなくていいのか?
と、感じたことでしょう。
そうですよね?
勝手な名称を名乗れない理由
勝手な名称を名乗ると高額になる
実はこれ、特急料金制度にカラクリがあります。
特急ときわ35号(水戸黄門漫遊マラソン35号)の列車名称を…
品川~水戸間で
特急ときわ35号として運転した場合:1,580円
特急水戸黄門漫遊マラソン35号として運転した場合:1,890円
となります。
なぜそうなってしまうのか、次の項目で解説します。
首都圏の一部特急には特例料金が設定
通常、JRの特急列車には、その走行エリアに応じて「A特急料金」または「B特急料金」という、定められた料金体系が敷かれています。
例えば100~150キロの場合、A特急料金では2,390円、B特急料金では1,890円です。
一方、首都圏の特急列車を全車指定席とするタイミングで、
- 自由席の廃止
- 繁忙期や閑散期の廃止
- 座席未指定券制度の導入
- 車内改札の廃止
- チケットレスサービスの導入
- 万が一特急券を買わずに乗車した場合の割増料金徴収
などを実施し、その代わりに指定席特急料金を特例的に定め、値下げを実施しました。

この特例料金が適用されると、100~150キロでは1,580円となります。
指定席の値下げの恩恵を受けられる乗客にとっても、車内改札を簡略化できるJRにとっても「全車指定特急のための便利でおトクな制度」と言えるのです。
この対象となったのが、[ひたち][ときわ][スワローあかぎ][あずさ][かいじ][富士回遊][はちおうじ][おうめ][踊り子][湘南]です。
このことは、旅客営業規則125条において、以下のような項目を置いて特別な特急料金を定めています。
h. 第57条の3第2項第8号に定める列車群に含まれる特別急行列車に対して適用する特別急行料金
JR東日本 旅客営業規則(引用)
(a)東日本旅客鉄道会社線内相互発着となる場合であって、旅客が列車に乗車する前に発売する指定席特急券に適用する指定席特急料金
その「列車群」というのを見ていくと、[ひたち][ときわ][スワローあかぎ][あずさ][かいじ][富士回遊][はちおうじ][おうめ][踊り子][湘南]というキーワードが出てきます。
逆に言えば、これらの列車以外は特例料金の対象外となり、エリアに応じてA/B特急料金が適用されるのです。

全車指定特急エリア内なら「制度を引き継ぎたい」
JRの思惑としては、イベント開催に伴う臨時列車ではあるものの、あくまで「全車指定特急の便利でおトクな制度」は引き継ぎたいわけですね。
そうなったら、列車名は[ひたち][ときわ][スワローあかぎ][あずさ][かいじ][富士回遊][はちおうじ][おうめ][踊り子][湘南]のどれかにしなければなりません。これは規則で決まっていること。
しかし、何の目的で増発しているのかを分かってもらいたいがために、( )を付けたうえでイベント名称を書いてくれているのでしょう。

全車指定特急エリア外は「列車名は関係なし」
全車指定の特急列車が走っているのは、常磐線や中央線、東海道線などとなります。
逆に言えば、他のエリアは制度移行前のA/B特急料金が適用された特急列車が走っています。
このような線区であれば、どんな名称の列車を走らせたとしても、結局A/B特急料金が適用されるだけなので、わざわざ( )付の名称にしなくていいのです。
冒頭の例として挙げた内房線特急「アクアラインマラソン号」は最たる例で、仮に「さざなみ」を名乗ったとしても特急料金他の制度は何も変わりません。
東京~木更津間で
特急さざなみ91号として運転した場合:1,480円
特急アクアマリンマラソン1号として運転した場合:1,480円
これなら大会名を堂々と名乗れますよね。

【注意】最近の傾向について
ここまで「イベント名を堂々と名乗れない」と説明してきましたが、最近では稀に…
- 定期列車と同じ区間を
- 定期列車と同じ車両で
素人目には定期列車のように走るにもかかわらず、イベント名を名乗り旅客営業規則125条に示す列車群を名乗らない列車が出始めています。
これは2023年夏の花火臨以降、少しずつ見られ始めています。
例えば東京ー熱海間を走行した特急「熱海海上花火大会号」などが挙げられます。熱海止まりの「踊り子」が設定されていない事情もあるかもしれません。(※とはいえ水戸止まりの特急「ひたち」が臨時で走ったことはあります)
また、サザンのコンサートに合わせて運行される東京ー茅ヶ崎間を走行予定の「えぼし号」もB特急料金が適用される見込みです。こちらの場合も運行区間は「踊り子」や「湘南」に含まれますが、停車駅が異なる等の理由で名乗らないのかもしれません。
これらの臨時列車を利用する場合はチケットレスサービスを利用できず、必ずきっぷの受け取りが必要となる点も注意が必要です。特にお帰りの際はきっぷうりばが混みあいますから、慣れている人ほど注意しましょう。
まとめ
イベント開催に伴う臨時特急列車の名称について考察し、以下の知見を得ました。
- 首都圏の一部線区では特急列車が全車指定となっている
- 全車指定の線区では特例的に安価な特急料金が定められている
- 特例の特急料金が適用される列車は「列車名」で規定されている
- 勝手に名乗ると特例の特急料金が適用できなくなる
- 「定期列車名称(イベント名)」としたのは上記の問題解消のため
ではまた。