【絶景】小樽築港ー朝里ー銭函の線形は海岸線ギリギリ、函館本線にプチ乗車

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鉄道

札幌ー小樽間を移動する際は、交通手段にかかわらず日本海を横目にすることになります。特に鉄道を使うと海岸線のすぐ横を通るため、その車窓が人気です。函館本線の歴史をたどりながら、娘(4)と実際に乗ってきたので、豆知識とともにレポートします。

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函館本線について

函館本線は長大

JR北海道の函館本線は、函館駅と旭川駅を結ぶ全長約420kmの長大路線です。道内でも需要の大きい函館ー新函館北斗間、小樽ー札幌間、札幌ー旭川間もすべて函館本線。JR北海道を代表する路線と言っても過言ではありません。

北海道最大の都市を抱える札幌駅も、函館本線の途中駅という扱いです。

北海道新幹線の延伸

2031年に北海道新幹線が札幌に延伸すると、函館ー小樽間が経営分離される予定になっています。

小樽ー旭川間が函館本線として残るので、路線名に違和感が生じますが、とりあえず小樽ー札幌間は並行新幹線の影響を受けずにJRとして存続されます。

海岸線ギリギリの景色

道外の旅行者が札幌に宿を取り、日帰りで小樽観光に向かう人も多いと思います。

そのような旅行者にとって手っ取り早く選ばれる選択肢が鉄道ですが、実際に乗ってみて海岸線ギリギリを走る光景に驚かれた方もいらっしゃると思います。

上記写真の右奥に半島のように突き出ている部分がありますが、よく見ると

画質が悪くてすみませんが、架線が続いているのが見えます。伊能忠敬も驚くのではないかと思うほど、海岸線に歯向かうことなく、海ギリギリを攻めています。

このような線形が、小樽築港から銭函駅までのほとんどの区間で続きます。

写真を撮ったときは天気が悪くかすんでしまいましたが、列車から間近に見る日本海の景色はいつみてもきれいです。

なぜ?その歴史

北海道で最初の鉄道

小樽は古くから商港として栄えました。多くの倉庫が運河沿いに残っていることからも、当時の様子がうかがえます。

1880年代、小樽と道央との物流を支えたのが幌内鉄道と呼ばれる北海道で最初の鉄道です。

当時は速達性よりも「到達できること」に重点を置いた時代。海岸線に沿ってルート取りしたとしても比較的まっすぐに進むことができることから、トンネル建設や土地買収などのコストが伴う内陸に線路を敷かずに海沿いで開通したものと思われます。

これが後の函館本線。電化された今でも、当時のままの線形で、小樽と札幌・新千歳空港を結ぶ主要路線として活躍を続けています。

ちなみに、開業後に汽車を走らせると、汽車の煙や火の粉のせいで漁獲量が減ったとクレームが殺到。そのため、後に開業した余市方面の線路は海から離れた内陸にルート取りをしたとも言われています。

手宮線跡地

函館本線の南小樽駅から港方面に手宮線という路線が敷かれていました。手宮線は1985年に廃止となりましたが、その跡地は小樽市内に保存されていて、一部は公園として整備、誰でも立ち入ることができます。

賑わう昼間も、誰もいない夜間もいい感じです。

下記は2010年に小樽を旅行した際の写真なので、今は変わっているかもしれませんが、南小樽駅の線路の横に空き地があります。この空き地を小樽方面にたどると、手宮線の公園に着きます。ここが北海道の鉄道の原点ですね。

参考)実際に乗ってきた

家族で札幌に行ったある日。妻が午前中にテレワークとなり、ホテルの部屋から追い出された父と娘(4)。行く宛もなかったのですが、手元に青春18きっぷが1回分残っていたため小樽方面に向かうことに。

娘には小樽築港の公園に行くと説明したので、少なくともあの海沿いの区間は確約。それだけで父は満足です。

快速エアポートには転換クロスシートの車両が使われていて、普通車でも十分快適です。(※ロングシートの新型車両も運転されています)

いつ乗っても最高の景色です。札幌滞在中にすぐに乗れるという手軽感もいいですね。

しかし、小樽築港駅前の公園は遊具が閉鎖。父に付き合わされた挙げ句にごめんなさい。

とりあえず後続の列車で小樽駅に向かい、時間を潰しました。とはいえ遠くまではいけないので、この駅名標で写真を撮ったりして過ごしました。

ちなみに娘はこの電車が気に入ったようです。

1人席があることや、各車両にデッキスペースがあることなどがツボにハマったよう。小樽ー手稲間は誰もいなかったので、海の景色はお構いなしに車掌さんごっこして遊んでいました。ちなみに本物の車掌さんは最後尾ではなく、4号車の指定席車両で乗務されています。

帰ってきてからも「小樽行きです」と連呼している様子を見て、連れて行ってよかったなと思いました。

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